「朝を呼ぶまで」 川谷圭 様
灯りを消して障子戸を締め切った室内には、夜に似つかわしい『熱』が満ちている。
そして二組の並んだ布団の一方には、月色の髪を枕に散らし、少女が一人眠っていた。
わずかばかりの月明かりを吸い込んだ金髪は、暗い室内できらきらと輝いている。
その髪を一房、そうっと掬い上げて、隣に座る青年はそっと唇を寄せた。
そして、しっとりと汗ばんだ額に張り付いている前髪をそっとよかす。少女はまだ、目を覚まさない。
 
――――疲れているのだ。
 
こうした営みは、どうしても少女の負担が重くなってしまう。
(……やめた方が、良かったのかな……)
今日は久しぶりに彼女の仕事が一段落したから、ゆっくりと過ごすつもりでいた。
一緒に食卓を囲み、湯船に体を沈めて、眠る。そんな些細な、あたたかい夜を過ごすつもりでいた。
それでも。
いざ眠ろうと布団に潜り込んだ時に、彼女から誘いをかけられてしまっては、拒むことなど出来なかった。
 
『せんぱい』

彼女はよく、自分のことをそう呼ぶ。
母星に居た頃は、名前も沢山呼んでくれた。偶に、名前だけを呼んでくれることもあったのだけれど……。
地球に来てからは、少なくとも、床入りで名前を呼んでくれることは無くなってしまった。
(……寂しい、けど……)
これは、自業自得なのだ。
地球に来て、地球の人々の優しさを知って、変わりたいと願った。
願うだけでは心許なくて、名前を変えて。それが、彼女にどう受け止められるのかを考えなかった。
いつだって、自分は自分のことで一杯だからと、深く考えることを放棄していたのかもしれない。
きっと、彼女をたくさん傷つけた。
彼女が自分の名前を呼んでくれなくなってしまって、自分が寂しい思いをするのは、その報いなのかもしれない。
仲違い、とは言い切れない。そんなボタンの掛け違いのような日々を経て、『恋人同士』という関係は今も繋がっているけれど――――。

(忘れない)

忘れてはいけないし、同じ事を繰り返したくない。だから、何度も何度も、心の中で繰り返す。
大好きなひとを、大切にしたいから。

「……ん……」

小さな声が聞こえたけれど、まだ意識ははっきりしていないようだ。目も閉じている。
ほんの少し身じろいで、また規則正しい寝息が続く。
すうすうと、本当に微かにしか聞こえない呼吸音。
ほんの少しだけ開いたままの彼女の唇に、どうしても視線が吸い寄せられる。

「……」

そっと、手を床に当てた。そのままゆっくりと体重を手の平と腹筋にかけていく。
ベットとは違い下が畳だからか、きしむ音が余り気にならない。
ゆっくりと、腕を折る。彼女はまだ、目を覚まさない。

「…………」

――結局。
寸前で、止めた。

(……起こしちゃ、だめだよね……!)

唇を合わせたら、流石に起こしてしまう気がする。
故意に彼女の眠りを妨げることはしたくない。
そして、やはりというか……眠っている女の子の唇を奪ってしまうのは、良心が痛むから。
……彼女が知ったら、何となく「意気地無し」と言われてしまう気がする……。
そう考えると、少し気持ちが沈んでしまう。

(……でも、やっぱり)

今は、ゆっくりと眠って欲しい。
その気持ちだって、嘘じゃないから。

(おやすみなさい)

肌蹴た掛け布団をそっと引き上げて、自分も目を閉じた。



《終わり》
そのまま、朝が来るまで。
擬人化で、ドロクル(クルル女の子設定)という大好きなお話を書かせていただきました。
たどたどしい日々を重ねていく二人が幸せになれればいいなぁ――という当初の目的を少々見失っておりますが(苦笑)。
そんな二人をあたたかく見守っていただけると嬉しいです。
・ 素敵です!!!
・ 素敵過ぎて夢を見てるんじゃないかと思ってしまう作品でした!!!ありがとうございます!!!!